文/時計ジャーナリスト 篠田哲生
ドイツの工業史に光を当てる
現在の時計産業の中心地はスイスである。しかしその歴史を紐解くと、じつはスイスで時計づくりが始まるずっと前は、ドイツが時計産業において重要な役割を果たしていた。初期の機械式時計は今よりも構造がシンプルで、錠前職人や鍛冶職人が時計製造を兼務していた。16世紀初頭はドイツのニュルンベルグがヨーロッパ最大の商工業都市であり、多くの時計が製造されていたのだ。
その後、時計産業の中心地は、イギリスやフランス、そしてスイスへと移動していった。しかし世界に冠たる工業国となったドイツでも、規模は小さいながらも時計製造の技術や文化は継承されていった。
時計ブランド「ZEPPELIN(ツェッペリン)」を手掛けるポインテック社が立ち上がったのは、1987年のこと。南ドイツの大都市ミュンヘン郊外のイスマニングにて、 経済学者のウィリ・バークが時計会社ポインテックを設立し、当時まだ東ドイツだったルーラという街に時計の製造拠点を構える。なぜならこの地は、グラスヒュッテに匹敵する時計産業の中核都市として、冷戦時代を通じて時計技術の伝統を継承するエリアであったからだ。
ポインテック社は歴史的建造物として指定されるバウハウス様式の建物に、時計の製造ラインを整えた。そして、時計ブランド「ZEPPELIN」をスタートさせる。


ではなぜポインテックは、ZEPPELINという名を選んだのか? それは飛行船ツェッペリン号が、ドイツの技術を世界に知らしめた象徴であるからだ。
20世紀初頭に誕生した飛行船ツェッペリン号は、金属工学や物理学、化学などの技術の結晶であり、当時の世界最高のテクノロジーを誇った。さらには空で世界を旅するというレジャーや乗客となる富裕層に対するホスピタリティなど、ありとあらゆる部分で、新しいカルチャーを確立した存在でもあった。


創業当時はまだ東西冷戦下であり、グラスヒュッテの時計ブランドたちは再興前。ドイツ時計産業は、今ほど大きな存在ではなかった。だからこそ、ドイツの科学技術や文化遺産にオマージュを捧げる、メイド イン ドイツの時計ブランドの誕生には、大きな意味があった。
飛行船ツェッペリン号が人々に与えた「空への憧れ」や「ラグジュアリーな世界観」、そして「エンジニアリングへの信頼」といった精神を取り入れた「ZEPPELIN」は、ドイツの誇りを表現し、航空史を身に着けることができる時計ブランドなのだ。


優雅さを型にしたデザイン
現在のZEPPELINのフラッグシップとなるのが「100周年記念シリーズ」だ。これは飛行船ツェッペリン号の生誕100周年を記念したもので、ロマンと歴史を体現するために、クラシカルなムードやデザインを取り入れた。「ブレゲ針」と呼ばれるデザインの時分針や振動するムーブメントの様子を鑑賞できる「オープンハート」などが特徴で、機械式時計の歴史やメカニズムの味わいを楽しめる。
この人気モデルに、新たに加わったのが「100周年記念シリーズ オープンハート オートマティック トノー」だ。


トノー(Tonneau)とは、フランス語で「樽」を意味し、中央部分が膨らみ、上下がすぼまる優美なケースデザインを指す。こういったデザインは世界中の空を飛行船ツェッペリン号が旅した20世紀初頭に生まれた。科学技術や工業が大きく進化したこの時代は、大量生産のための合理的な形状を求める一方で、贅沢品としての価値や魅力も失いたくないという意見が対立していた。この工業的合理性と伝統的芸術性を、直線と曲線を巧みに組み合わせることで表現するデザインは、後にアールデコ(Art Déco)と呼ばれ、腕時計だけでなく、香水瓶やシガーケースなど、趣味性の高い贅沢品に用いられた。
“Art Déco”という言葉が示す通り、このデザイン様式の発祥はフランスであり、フランスの影響を強く受けたスイスの時計ブランド(その多くがフランス語圏のジュネーブを中心とするエリアに拠点を構える)が、この優美なデザインを取り入れる傾向が強い。
一方でドイツの場合は、フランスよりも工業的合理性に重きを置いたデザインを好む傾向があり、時計の場合も、“機能は形状に寄り添う”という機能美的な志向が強い。
しかし「ZEPPELIN」では、ブランド設立時から一貫してアールデコ様式の優美なデザインコードにこだわってきた。それは飛行船ツェッペリン号とその時代へのオマージュを込めているからだ。
トノー型ケースの流れるようなフォルムは、飛行船ツェッペリンの船体の流線形とも通じるところがある。また端正なダイヤル表示は、機内の計器を思わせる。そのため「ZEPPELIN」はドイツ時計産業の中心地で製作されるメイド イン ジャーマニーの本格派ウォッチでありながら、優美さとエレガントさがある。そこも機能美を尊ぶドイツのライバルブランドとは違った個性となっている。


ライフスタイルに寄り添う時計
「100周年記念シリーズ オープンハート オートマティック トノー」は、自分自身を表現するアクセサリーとしての効果も見逃せない。
そもそも機械式時計の場合、ほとんどがラウンド型のケースを採用している。そのためトノー型ケースは歴史的には正統性があるのに、程よくマイナー。デザインの個性が強いので、シャツの袖口からチラリと見えるだけで自分のセンスをアピールできるだろう。
さらにこの「100周年記念シリーズ」の特徴である7時位置のオープンハートも、このクラシカルなデザインと好相性。これはムーブメントの地板部分を肉抜きすることで、精度を司るテンプというパーツの動きを見せるもの。この動きは心臓の鼓動にも例えられるため、ツェッペリンでは「ハートビート」と呼んでいる。この様子を眺めているだけでも、時計への愛おしさが深まってくる。


更に「100周年記念シリーズ オープンハート オートマティック トノー」は、こなれた価格帯も魅力となる。「ZEPPELIN」では一貫して手の届きやすい価格で高品質な時計をつくってきたが、このモデルの場合も、自動巻き式ムーブメントを搭載しつつ10万円以下という価格帯に収めている。これなら、ラウンド型のモデルをすでに所有している人も、デザインのバリエーションとして新たに手に入れてもいいだろう。
ちなみに個人的には、カレンダーがついていないところも好みである。そもそもカレンダーというのは、実用性を高めるのための機構。しかし「100周年記念シリーズ オープンハート オートマティック トノー」は、忙しく流れる一分一秒という時間の為というよりは、歴史と文化に思いをはせる優雅な時間を楽しむためにある。そんな作り手の思いが、あえてカレンダーを外したという所にも表れている。
つまりこの時計は、自分らしい時間を楽しみたい人のためにあるということ。時計にこだわりを持つだけでなく、歴史や文化を尊び、それを身に着けることを楽しむ人に選んで欲しい時計だ。


篠田哲生
1975年生まれ。講談社『ホットドッグプレス』編集部を経て独立。時計専門誌、ファッション誌、ビジネス誌、新聞、ウェブなど、幅広い媒体で硬軟織り交ぜた時計記事を執筆している。また仕事の傍ら、時計学校「専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジ」のウォッチコース(キャリアスクールウォッチメーカーコース)に通い、時計の理論や構造、分解組み立ての技術なども学んでいる。クロノス日本版のTop 10 Rankingのレギュラー選考委員。2020年には『教養としての腕時計選び』(光文社新書)を上梓。

100周年記念シリーズ
オープンハートオートマティック トノー
8366-1
79,200円 (税込)

100周年記念シリーズ
オープンハートオートマティック トノー
8366-5
82,500円 (税込)




